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東京地方裁判所 平成8年(行ウ)297号 判決 2000年9月29日

原告 大日成建設株式会社

被告 渋谷税務署長

代理人 熊谷明彦 笹崎好一郎 ほか三名

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

被告が平成五年七月三〇日付けで原告の平成二年五月一日から平成三年三月三一日までの事業年度についてした法人税の更正処分のうち、所得金額二億四一八四万四九一一円及び納付すべき税額七九六〇万〇六〇〇円を超える部分並びに過少申告加算税及び重加算税賦課決定処分を取り消す。

第二事案の概要

一  本件は、別紙一<略>のとおり(なお、これらの交換取引を図解すると、別紙二<略>のとおりとなる。)原告が所有していた東京都新宿区新宿一丁目六番一四所在の宅地六七・五七平方メートル(以下「甲譲渡土地」という。)と水野宇内(以下「水野」という。)が所有していた東京都新宿区新宿一丁目四番一二所在の宅地七二・九四平方メートル(以下「甲取得土地」という。)との平成三年一月一八日付けの土地交換契約に基づく土地の交換取引(以下「甲交換取引」という。)と原告が所有していた東京都新宿区新宿一丁目一五番二三所在の宅地九七・七〇平方メートル(以下「乙譲渡土地」という。)及び東京都新宿区新宿一丁目一七番一所在の宅地八六・八七平方メートル(以下「丙譲渡土地」といい、甲譲渡土地、乙譲渡土地及び丙譲渡土地とを併せて「本件譲渡土地」という。)と渡邊文三(以下「渡邊」という。)が所有していた東京都新宿区新宿一丁目四番一三所在の宅地九九・五七平方メートル(以下「乙取得土地」という。)との同日付けの土地交換契約に基づく土地の交換取引(以下「乙交換取引」といい、甲交換取引と乙交換取引とを併せて「本件交換取引」という。)について、原告が、法人税法五〇条一項の規定(以下「交換特例の規定」という。)の適用があるものとして法人税の申告をしたところ、被告が、本件交換取引には交換特例の規定の適用はないとして、更正処分並びに過少申告加算税及び重加算税賦課決定処分(以下「本件更正処分等」という。)をしたことから、原告が、本件交換取引は、原告にとっては法人税法五〇条一項が、渡邊及び水野にとっては所得税法五八条一項がそれぞれ適用されることを前提として、交換について授受される交換差金を除いて課税関係が生じないことを十分に認識した上で契約が締結されたものであるから本件交換取引は錯誤無効であり、本件更正処分等の前提となる譲渡利益は発生していないから、本件更正処分等はその前提を欠き違法であるなどと主張して、本件更正処分等の取消しを求めるものである。

なお、原告の確定申告、被告の本件更正処分等及びその後の不服申立ての経緯及びその税額等は別紙三<略>記載のとおりであるところ、本件更正処分における加算及び減算の内訳は次表のとおりであり、このうち<3>ないし<6>及び<8>ないし<12>の各項目については当事者間に争いがなく、仮に本件更正処分による所得の増加額が次表<13>のとおりであるとした場合に原告が納付すべき法人税額、このうち、<2>の金額に基づいて増加する税額に対する重加算税額、及びその余の項目によって増加する税額に対する過少申告加算税額が別紙三<略>に記載のとおりであることは計数上明らかである。

項目

NO.

金額

申告所得金額

<1>

二億四一八四万四九一一円

不動産事業売上利益の計上もれ

<2>

五億二三二八万〇二二七円

交際費等の損金不算入額

<3>

八一八万九六四七円

新規取得土地等の負債利子損金不算入額

<4>

四四〇万〇〇〇〇円

事業税の損金算入過大額

<5>

六九万二二〇〇円

工事原価の減算過大額

<6>

五一万一六三三円

加算金額合計

(<2>+<3>+<4>+<5>+<6>)

<7>

五億三七〇七万三七〇七円

雑収入の過大計上額

<8>

五五七万二八二〇円

特別利益の過大計上額

<9>

七一万四四六〇円

雑損の計上もれ

<10>

一五七万五八五〇円

損金の額に算入した道府県民税利子割の過大加算額

<11>

二五万五八七五円

減算金額合計

(<7>+<8>+<9>+<10>)

<12>

八一一万九〇〇五円

差引所得金額(<1>+<7>-<12>)

<13>

七億七〇七九万九六一三円

二  争点

1  法人税の計算の基礎となっていた契約が錯誤によって無効な場合に、当該契約からは所得は発生しなかったものとすべきか、それともいったん所得が発生し錯誤無効が確定した事業年度において損金処理をすべきか。

2  重加算税賦課の要件としての仮装、隠蔽の事実の有無。

3  譲渡所得の金額。

三  争点に関する当事者の主張

1  争点1(法人税の計算の基礎となっていた契約が錯誤によって無効な場合に、当該契約からは所得は発生しなかったものとすべきか、それともいったん所得が発生し錯誤無効が確定した事業年度において損金処理をすべきか。)について

(被告の主張)

(一) 原告は、本件交換取引には交換特例の規定が適用されないこと(交換譲渡資産が固定資産であり、かつ、交換のために取得したものでないことを要すること等)を知りながら、事実を仮装して(本件固定資産勘定への振替、交換覚書の破棄、取締役会議事録の偽造等)、あたかも右特例の適用があるかのような外形を整えた上で本件交換取引を行ったものであるから、被告は、原告においては要素の錯誤はあり得ないと主張するものであるが、交換の相手方である水野及び渡邊側における要素の錯誤の存在を否定し得ないので、本件交換取引自体の無効については争わない。

(二) 私法行為と経済的成果について

私法行為についての課税は、当該私法行為自体ではなく、それに伴って生じる経済的成果に対して行われるものであるから、仮に、課税要件事実としての私法行為の要素に当事者の錯誤があり、右行為が無効とされた場合であっても、その経済的成果が消滅しない限り、直ちにその課税関係に影響を及ぼすことにはならないというべきである。

(三) 経済的成果の消滅の場合の法人税法における取扱い

法人の既往の事業年度において計上(又は課税)された収益の発生原因となる取引に係る契約が、その後の事業年度において、錯誤により無効であることが確認され、その無効であることに起因して原状回復がなされ当該取引の経済的成果が消滅した場合には、右収益の額をその収益が発生した事業年度に遡及して修正(減額)するのではなく、右消滅した事業年度において、右収益の額に相当する金額を損金(前期損益修正損等)に算入することとして取り扱われるのであるが、このことは、契約の解除(再売買と認められる場合を除く。)又は取消しにより当該契約の経済的成果が消滅した場合においても同様である。

(四) 経済的成果が失われた場合の個人と法人との取扱いの差異について

事業から生ずる所得を除く個人の各種所得(例えば譲渡所得)については、国税通則法二三条の更正の請求の特例規定である所得税法一五二条及び同法施行令二七四条により、所得金額の計算の基礎となった事実のうちに含まれていた無効な行為により生じた経済的成果がその行為の無効であることに基因して失われた場合には、国税通則法二三条一項に規定する更正の請求ができることとされているが、同じ個人の所得であっても一定の事業により継続的に発生する事業所得については、右特例の適用が除外されている。

ところで、継続企業たる法人における所得金額については、右のような特例規定は定められていないが、その所得が事業により継続的に発生することから、個人の事業所得における取扱いと同様に解すべきであり、このように、同じ譲渡による所得であっても、課税要件事実が無効となり経済的成果が失われた場合の課税上の取扱いが個人と法人とで異なることとなる。このような取扱いの差異は、個人の譲渡所得等が、事業所得や法人の所得とは異なり、継続的な事業から生じるものではなく、一般に、一時的ないし単発的に生じることから、課税年分に遡及しない限り、課税の修正がなし得ないことを考慮して設けられた右特例の存在によるものであるから、各所得の態様を考慮した結果生じる合理的なものというべきであって、何ら不当とされるものではない。

(五) 本件の場合の取扱い

本件についてみると、原告の平成三年三月期において現実に物件の引渡しがなされ、所有権移転登記も完了し、かつ、交換差金の決済も完了している本件交換取引に係る譲渡収益は、平成三年三月期において発生し、実現していることは明らかであるから、これについてなされた本件更正処分は適法であり、本件交換取引による経済的成果がその後の事業年度において返還されたとしても、そのことをもってさかのぼって本件更正処分が無効となるものではなく、右返還に係る損失については、その返還が現実になされた事業年度の損金として取り扱われるべきこととなる。

(原告の主張)

(一) 契約が無効であるということは、基本的には経済的成果が発生しなかったということである。課税要件の前提となる事実は主として私的取引法ないし契約法であるが、契約が無効であれば、課税要件を充足しないのであるから、所得は発生しないというべきであり、本件交換取引においても、原告には譲渡所得は発生していないというべきである。

被告は、本件のような無効な契約を、取消しや解除と同様に扱うようであるが、いったん契約は有効に成立する取消しや解除の場合とはじめから当然に無効である錯誤無効を同列に扱うことはできない。無効の取引、実体のない外形的財貨の移動により所得があったとして扱われた課税処分は、基本的に課税要件を欠くもので、法律行為の取消しや、解除によりいわゆる経済成果の移動があった場合と異なるのである。

(二) 本件において、被告は本件各交換契約が錯誤無効である旨の確定判決があったことは後発的事由であると主張する。しかし、原告は本件更正処分等について、本件交換取引が錯誤無効であることを理由に経済的成果は存在しない、すなわち、原告には所得が発生しなかったとして争っているのである。右の被告の主張によると、原告の錯誤無効の主張は主張自体許されないこととなるはずであり、その不当であることは明らかである。

そればかりでなく、いわゆる後発的事由が発生したときにすることができる更正の請求ができる場合について、国税通則法二三条二項三号、同法施行令六条一項二号において、解除等が挙げられているが錯誤無効は挙げられていないので、錯誤により契約が無効であった場合には後発的事由として扱われないことは明らかである。

また、国税通則法七一条二号において、原因行為の無効に基づいて三年間は職権で更正ができるとされているのであるから、錯誤により契約が無効であった場合には、当該契約をした事業年度において所得が発生しなかったものとすることを法も予定しているものというべきである。

(三) 被告は、継続企業たる法人における会計処理を前提として主張をしているが、被告の主張は、実定法の根拠を欠き、租税法律主義、法律による行政の原理に著しく反するものである。なぜならば企業は右肩上がりの成長をすることを続けて事業を継続するのでもなければ、絶えず課税所得が発生する形態で事業が行われるわけでもないからである。

被告のような会計処理を公正妥当とするならば、無効な取引が行われた年度の翌事業年度に法人が事業を廃止したり、廃止と同様の場合になった場合は、全く所得のない課税処分がそのまま正当として維持されるという異常なことが起きる。そればかりでなく、法人の事業が仮に継続していたとしても企業収益がマイナスの場合には、無効な取引によるいわゆる経済的成果が返還されて、損金処理をしたところで、その実質において、所得のないところに課税をされたことと異なるところがない結果となる。所得がないところに課税することができる法律上の根拠はどこにもないのであり、課税要件を欠くのに課税を適法と認めることは租税法律主義に真正面から抵触するといわなければならない。

(四) 錯誤無効と前期損益修正について

前期損益修正は、特別損益に属する項目のうちの過年度の損益計算の修正にかかる会計処理基準の一つであるに過ぎない。そして、企業会計原則注解〔注12〕の(2)にその主なものが列挙されているが、これは、前期又はそれ以前に行われた損益計算が、その後の結果に照らして過大又は過小であることが判明した時に生ずる過年度の過大利益又は過小利益の修正額を指しているものである。ただし、過年度の売上げに対する戻りや値引きは前期損益修正であるとしても、毎期経常的に発生するものであるから、その金額が異常に多額でない限り売上高から直接控除することができるものである。

このように、特別損益項目のうちである前期損益修正は、過年度の計算がその後の結果により修正される場合の会計基準であるに過ぎず、過年度における錯誤無効契約の結果計上した勘定を、注解〔注12〕の(2)の過年度における引当金や減価償却の過不足修正額の場合と同様に前期損益修正すべき旨の基準は示されてはいない。また、法人税法二二条四項にいう「一般に公正妥当と認められる会計処理の基準」は、必ずしも企業会計原則そのものではないと解されている。公正なる会計処理基準に従えば、錯誤無効の行為の結果の戻りを前期損益修正として立てることはない。もともと存在しないものを勘定として立てるわけにはいかないのであり、錯誤無効の行為の結果はそもそも収益と勘定出来ないからである。そして、収益としての勘定が立たなければその戻りも立つわけがないのである。

2  争点2(重加算税賦課の要件としての仮装、隠蔽の事実の有無)について

(被告の主張)

(一) 原告は、本件交換取引につき交換特例の規定の適用を受けるためには甲譲渡土地及び乙譲渡土地が固定資産でなければならないとの認識の下に、本来は棚卸資産であり、かつ、棚卸資産勘定で会計処理していた甲譲渡土地及び乙譲渡土地につき、あたかも取得当初から原告の自社ビル建築用地として取得したものであるかのごとく装うため、実際は開催されていない取締役会に係る架空の昭和六一年七月二一日付けの甲譲渡土地を自社ビル用地として購入する旨を決議した原告の取締役会議事録(以下「甲議事録」という。)及び昭和六二年九月七日付けの乙譲渡土地を自社ビル用地として購入する旨を議決した原告の取締役会議事録(以下「乙議事録」という。)を作成した上で、昭和六三年一一月一日付けで甲譲渡土地及び乙譲渡土地につき棚卸資産勘定から固定資産勘定への振替処理を行い、また、乙取得土地との交換を予定して取得された丙譲渡土地を、固定資産として使用する目的がないにもかかわらず固定資産勘定に計上するなどして、交換特例の規定の適用上必要不可欠な要件事実を仮装し、さらに、当事者間において、本件交換取引に係る契約日以前に取り交わされていた覚書の破棄を企てることによって、甲譲渡土地及び乙譲渡土地の取得後まもなくからすでに交換することを予定していた事実を隠蔽し、交換特例の規定を不正に適用して本件譲渡土地に係る譲渡利益の課税を免れることを企図したものと認められる(乙覚書については、結果として渡邊文三の顧問税理士の手元に一通が残されていたとしても、原告において破棄を企てたことに変わりはない。)ところ、右の各事実は、国税通則法六八条一項に規定する重加算税の賦課要件である仮装、隠蔽に該当するものである。

(二) 原告は、重加算税を課すためには、納税者が故意に課税標準等又は税額等の計算の基礎となる事実の全部又は一部を隠蔽し、又は仮装したという事実が必要であるから、経理担当者の誤認等により売上げが計上もれになったような(故意に基づかない)場合は、国税通則法六八条一項に規定する隠蔽、又は仮装行為に当たらないとした上で、原告には本件交換取引に交換特例の規定の適用がないとの認識は全くなかったのであり、原告が事実の全部又は一部を隠蔽し、又は仮装したことに故意がないから、本件重加算税賦課決定処分は違法である旨主張する。

原告の右主張は、「原告が事実の全部又は一部を隠蔽し、又は仮装したこと」を認めつつも、右隠蔽し、又は仮装したことに「故意がない」とするものと解される。しかしながら、原告の担当者であった細井茂(以下「細井」という。)及びその上司が、交換特例の適用を受けるためには固定資産であることを要するとの認識の下、固定資産として使用した事実も使用する予定もない本件譲渡土地を固定資産に振り替え、あるいは新規計上するために、実際に開催されていない取締役会の議事録をねつ造するなどした上で会計操作を行ったことについては争いのない事実であるところ、右行為は、単なる「過失」などといえるはずもなく、まさに「故意」以外の何者でもないことは明らかであり、これに「故意がない」とする原告の主張自体、理解し難いものといわざるを得ない。まして、このような行為が右「経理担当者の誤認等」と同一視し得るものでないことはいうまでもない。

そもそも、重加算税を課し得るためには、納税者が故意に課税標準等又は税額等の計算の基礎となる事実の全部又は一部を隠蔽し、又は仮装し、その隠蔽、仮装行為を原因として過少申告の結果が発生したものであれば足りるのであり、それ以上に、申告に際し、納税者において過少申告を行うことの認識を有していることまでを必要とするものではなく、さらに、隠蔽、仮装行為が代表者によってなされた場合に限定されるものでもない。

これを本件についてみると、細井らの隠蔽、仮装行為を原因として原告に過少申告の結果が発生した事実のみをもって重加算税の賦課要件を満たすというべきであり、それ以上に原告において過少申告を行うことの認識を有していることまでを必要とするものではないのである。

(三) なお、無効判決等により当初課税処分の対象となった取引について原状回復がなされ、その経済的成果が失われたときの重加算税の取扱いをみると、個人の譲渡所得等(事業所得並びに事業から生じた不動産所得及び山林所得を除く。以下同じ。)の場合と法人の場合とでは、前者の場合は、遡及して当初の課税年分の減額更正が行われることに伴い重加算税も減額されるのに対し、後者の場合には、当初の課税年度の所得を減額するのではなく、右原状回復がなされた事業年度の損失として損金算入されることから、重加算税の減額処理は行わず、右両者における賦課決定処分の変更決定の取扱いに差異が生じる結果となる。

しかしながら、右両者における取扱いの差異は、前記1(被告の主張)(三)のとおり、個人の譲渡所得等について設けられた更正の請求の特例規定の存在、すなわち、それぞれの所得の態様に応じた法律の規定の違いに基づく結果として生じるものであるから、右差異があることをもって不当とはいえないし、法人税の場合には、当初の課税を減額するのではなく、右原状回復の事実が生じた事業年度における新たな損失として損金に算入されるのであり、当初の課税事業年度の法人税の更正処分は適法なものとして取り扱われる結果、右適法な更正に基づき納付すべき法人税額を課税標準として賦課される重加算税について減額(変更決定)がなされずとも何ら違法となるものではない。

また、重加算税の賦課の目的が、隠蔽又は仮装に基づく過少申告に対し、特別に重い負担を賦課することにより納税義務違反の発生を防止し、申告納税制度の信用を維持することにあることからすれば、隠蔽又は仮装に基づく過少申告をした者については、原状回復がなされたとしても右隠蔽又は仮装の事実まで消滅するものではないから、右のように重加算税の変更決定がなされない法人に係る取扱いは、十分な合理性を有するものというべきである。

(原告の主張)

(一) 被告は本件重加算税の適法性について主張するが、本件土地に係る交換契約は原始的に無効であったことは既に述べたとおりであるから、課税要件を充足せず、従って仮装、隠蔽行為によって免れる税は存在せず、免れる税のないところに、重加算税のみの賦課決定処分が適法でありうる余地はない。

(二) 重加算税は、国税通則法六五条ないし六七条に規定する各種の加算税を課すべき納税義務違反が事実の隠蔽又は仮装という不正な方法に基づいて行われた場合に違反者に対して課されるものであるが、重加算税を課すためには、納税者が故意に課税標準等又は税額等の計算の基礎となる事実の全部又は一部を隠蔽又は仮装したという事実が必要である。それゆえ、経理担当者に誤認等があって売上が計上もれとなっていても、事実の隠蔽又は仮装によるものではないとされている。本件では、次に述べるとおり、原告には本件交換取引に交換特例の規定の適用がないとの認識は全くなかったのであるから、事実の全部又は一部を隠蔽又は仮装したことに故意はない。

まず、原告の担当者であった細井は、本件交換取引に交換特例の規定の適用がないなどとは考えもせず、その適用があるものと信じて疑わなかった。細井は本件交換取引について、同社の顧問公認会計士やコンサルタント契約を締結し業務について広く相談していた田中弘宣(以下「田中」という。)に相談したところ、交換の際提供する土地が固定資産であればよいとのアドバイスを受け、昭和六三年一一月一日当該土地を棚卸資産から固定資産に振り替えた上、本件交換取引を行ったものである。

また、覚書の記載からも、原告において交換特例の規定の適用があると認識していたことは明らかであるし、本契約が成立した以上覚書が不要になるのは当然であるから、覚書が破棄されたことも仮装、隠蔽を基礎づけるものにはなり得ない。

さらに、確かに、被告の主張するとおり取締役会議事録は日付をさかのぼらせて作成されているが、右議事録にかかわらず、昭和六三年一一月一日付けで本件譲渡土地につき棚卸資産勘定から固定資産勘定への振替処理を行ったことは原告の帳簿上、伝票上明らかである。そうすると、右の議事録は単なる誤解に基づくもので、仮装、隠蔽を目的として作成されたものではないことは明らかである。

3  争点3(譲渡所得の金額)について

(被告の主張)

(一) 被告は、別紙四<略>記載のとおり、本件譲渡土地に係る譲渡利益の金額を五億二三二八万〇二二七円と算定したものである。

(二) 原告は、本件交換取引による譲渡益の算定においては、本件取得土地の価額は、本件各交換契約が行われた時点である平成三年分の相続税路線価に従った本件取得土地の時価により算定すべきであると主張するが、路線価方式は、相続税及び贈与税における土地の評価において毎年大量に発生する相続税、贈与税の課税に際し個々の土地について短期間に売買実例等を調査することが困難である実情に鑑み、土地評価の一応の目安として採用されているにすぎず、法人税課税実務における土地の時価の算定についてもこれを採用すべきとする根拠は存在しない。

原告の算定方法は、譲渡金額を路線価方式に基づいて算定する一方で、譲渡原価についてはこれと異なり譲渡資産の帳簿価額すなわち取得価額によって算定するというものであり極めて奇異かつ不合理な算定方法といわざるを得ない。また、一般に、交換における交換差金の額は、交換対象資産の相互の時価の差額により決定されるところ、右原告の算定による本件譲渡土地及び本件取得土地の路線価評価額の差が交換差金の額に合致しないこと自体、右原告の算定方法に合理性がないことを示すものである。

ところで、一般に土地の譲渡における時価とは、当該譲渡の時における客観的交換価値(市場価値)、すなわち、自由市場において、市場の事情に十分に通じ、かつ、特別の動機を持たない多数の売り手と買い手が存在する場合に成立すると認められる価格をいうものと解するのが相当である。被告は、本件交換取引時における本件取得土地の価額をその際に取引当事者間で合意された譲渡所得計算付属資料(<証拠略>)に記載された価額とし、右価額から交換差金相当額を控除した金額を本件譲渡土地の譲渡価額と算定したものであり、右本件譲渡価額は、当然のことながら、右資料に記載された本件譲渡土地の価額と合致するところ、右資料に記載された本件取得土地及び本件譲渡土地の価額は、不動産関連事業を営み不動産の時価の動向に精通した原告において算定された金額であり、これに基づいて補足金(交換差金)の金額が算定され、かつ、契約の相手方である水野及び渡邊が合意した金額であって、これを当時の価額として不相当とする特段の事情がない限り、右のとおり算定された本件譲渡価額は、本件取得土地の客観的交換価値(市場価値)を表すものというべきである。

そして、本件譲渡土地の取得価額は、原告と売主である日本信託銀行ほか二社との間で成立した売買価格であり、いずれも取得時における客観的交換価値を表しているものといえるところ、本件譲渡土地の本件交換取引による本件譲渡価額は、いずれも、当時の地価の上昇率、とりわけ相続税路線価の上昇率に照らしても、右取得価額との比較において高額にすぎるということはなく、妥当な金額ということができる。

したがって、譲渡利益の金額を右(一)のとおりに算定するのは妥当なものである。

(原告の主張)

(一) 交換は有償譲渡であるから、その譲渡益を所得として課税がなされるところ、所得税法三三条三項によれば、譲渡所得の金額は、資産の譲渡による所得に係る総収入金額から当該所得の基因となった資産の取得費及びその資産の譲渡に要した費用の額の合計額を控除して計算される。

したがって、本件では、譲渡所得の金額は、取得資産の時価から交換差金の額及び譲渡資産の帳簿価格を減じた金額となる。

(二) そこで、本件の各交換契約が行われた時点である平成三年の相続税路線価に従って、交換による取得資産の時価を計算すると、甲取得土地が九億〇二九九万七〇〇〇円、乙取得土地が一二億三二六七万七〇〇〇円であり、これにより、譲渡所得の金額を計算すると、別紙五<略>のとおり、譲渡益はマイナスである。

(三) 被告は、取得資産の価額を、原告が水野及び渡邊あてに作成した各譲渡所得計算付属資料と題する書面に基づいて算出しているが、これらはいずれも、交換契約の当事者間で合意した交換対象物件の価額を記載したものであるから、被告は、法人税基本通達一〇―六―五の二によって取得資産の価額を決定したものであると考えられる。

しかしながら、右法人税基本通達の趣旨は、交換に課税することは担税力の点から問題があるために一定の要件を満たす場合には課税を繰り延べることとした法人税法五〇条の立法趣旨をさらに敷衍して、課税を繰り延べる場合を広く解釈するものであると考えられる。そうすると、右法人税基本通達は、交換の場合は担税力に疑問があるから交換による譲渡所得にはできるだけ課税しないようにしようとの法人税法五〇条の立法趣旨に沿う場合、すなわち、課税しない方向に働く場合にのみ適用が許され、右法人税法五〇条の立法趣旨に逆行する場合、すなわち、課税する方向に働く場合には適用が許されないものというべきである。

本件では、前記のとおり、取得資産の額を時価によって計算すれば、譲渡所得はマイナスであるのに、法人税基本通達一〇―六―五の二を適用すれば譲渡所得はプラスになる。そうすると、本件は、右法人税基本通達が、法人税法五〇条の立法趣旨に逆行する方向に働く場合であり、このような場合に、右法人税基本通達を適用することは、租税法律主義に反し、許されない。

(四) よって、本件では、譲渡所得は存在しないというべきである。

第三当裁判所の判断

一  事実関係

証拠<略>を総合すると、次の事実が認められる。

1  本件交換取引のきっかけとなる原告の事業について

原告は、建設請負やマンション分譲等を業とする会社であるところ、昭和六〇年ころ、宮尾祐二及び宮尾英作(以下両名を「宮尾ら」という。)の所有する東京都新宿区新宿一丁目四番一一所在の土地(以下「丙取得土地」という。)及びこれに隣接する水野所有の同区一丁目四番一二所在の土地(なお、この土地はその後、昭和六三年三月二四日付けで同区一丁目四番一二の土地(甲取得土地)と同区一丁目四番二四の土地(以下「丁取得土地」といい、分筆前の土地を「分筆前の甲取得土地」という。)に分筆されている。)を商業ビル用地として取得し、その地上に自ら又は他からの請負により建物を建築した上、土地とともに転売することを企図(新宿一丁目プロジェクト)し、担当者の細井において宮尾ら及び水野と交渉をすることとした。そして、丙取得土地について、同年八月二三日に売買契約を締結し、昭和六一年一月三一日に所有権移転登記を経由した。その後、同土地はいったん他に転売されたが、契約解除により再び原告の所有に戻った。

このように丙取得土地は予定どおり取得できたものの、この土地のみでは東京都建築安全条例の規制により高層建物の建築が不可能であったため、原告としては、丙取得土地の取得に要した費用を無駄にしないために、どうしても分筆前の甲取得土地を取得する必要があった。このため、原告は水野との間で分筆前の甲取得土地の取得について折衝を継続していたが、その過程で、水野が所有する建物には地下部分が存在し、しかも、同建物はその隣地である乙取得土地(東京都新宿区一丁目四番一三所在の土地)の所有者の渡邊と共同で建築をしたものであることから乙取得土地をも購入しなければ右建物を解体することができないことが判明した。そこで、原告の担当者である細井は、昭和六一年八月ころから渡邊との間で乙取得土地の取得についての折衝を始めた。

なお、分筆前の甲取得土地のうち丁取得土地については、水野と交渉の末、昭和六二年九月二六日に売買契約が成立し、昭和六三年三月二九日に所有権移転登記を経由した。

丙取得土地及び丁取得土地は、いずれも原告の棚卸資産勘定に計上された。

2  甲譲渡土地の取得について

(一) 原告は、水野との間で折衝を重ねている最中の昭和六一年六月ころ、甲譲渡土地が売りに出ていることを知り、これを検討した結果、甲譲渡土地上には五階建ての事務所ビルがあり、これを水野の行っている事業の仮店舗として利用することもでき、単独でこれを売却しても採算が合うことから、これを取得することとした。その際、購入資金に係る長期の資金負担を軽減するため、日本信託銀行株式会社(以下「日本信託銀行」という。)に一時的に取得してもらって、二〇か月後に原告が買い受けるという方法によることとした。

(二) そこで、原告は、甲譲渡土地の取得に先立って、親会社である株式会社フジタ(以下「フジタ」という。)に稟議書(以下「甲稟議書」という。)を提出した。甲稟議書は、昭和六一年七月二五日付けで発議されたものであり、要旨次のような記載がある(<証拠略>)。

(1) 件名

転売用土地購入の件

(2) 目的

商業ビル用地を一時取得し、請負工事条件付にて再販売し、受註及び利益を確保する。

(3) 物件取得の経路

現在進行中の新宿一丁目プロジェクトの隣接地主用代替地として紹介されたものであり、単独事業として採算に合い、また、右プロジェクト共同事業者の仮店舗、事務所としても最適であり、早期遂行のためにも是非とも必要である。

仮店舗の使用で二〇か月間必要であり、長期の資金負担を軽減するため、年金信託受託者日本信託銀行にて一時取得してもらい、二〇か月後に原告が買い受けるという条件で折衝中である。なお、日本信託銀行本店不動産部の内諾は得ている。

(4) 立退

三名の借家人がおり、仲介業者と原告とで二〇か月間で立ち退き交渉を行う。

(三) 原告は、右のとおり親会社の稟議を経て、日本信託銀行に甲譲渡土地及び地上建物を取得してもらった上、昭和六一年八月七日付けで、同行との間で、原告が甲譲渡土地及び甲譲渡土地上の建物を原状有姿のまま一一億三三三三万円で買い受けること、所有権移転登記申請の手続は昭和六三年三月三一日までに行い、原告はその受渡し完了及び登記申請と同時に売買代金全額を支払うこと、契約締結後受渡日までの間、原告が自らの費用で借家人の立退折衝を行うことを内容とする売買契約を締結した。

原告は、右売買契約に基づいて、日本信託銀行に対し、昭和六三年三月三〇日に売買代金一一億三三三三万円を支払い、同日付けの「請求書(兼経費支払票)」(以下「支払票」という。)によって、右支払金を不動産事業支出金勘定(原告の貸借対照表上、流動資産に含まれ、棚卸資産勘定に相当するもの。)に計上し、棚卸資産勘定で会計処理した(<証拠略>)。

3  乙譲渡土地の取得について

原告は、水野及び渡邊と折衝を重ねている最中の昭和六二年八月ころ、乙譲渡土地が売りに出ていることを知り、渡邊から乙取得土地を取得するについての承諾が得られた場合の代替地になる可能性があり、承諾が得られない場合でも単独で処分して利益を上げることが可能であることから、これを購入することとした。

原告は、同年九月二二日付けで乙譲渡土地に係る売買契約を締結し、売主である富士ビルックス株式会社に代金七億七〇〇〇万円を支払い、同月二九日付けの支払票によって、右支払金を不動産事業支出金勘定に計上し、棚卸資産勘定で会計処理した(<証拠略>)。

4  本件交換取引に至る経緯

(一) 原告の担当者である細井は、水野及び渡邊との折衝の過程で、原告の顧問の公認会計士や原告とコンサルタント契約を結んでいる田中と相談の上、甲取得土地及び乙取得土地をそれぞれ本件譲渡土地と交換することによって取得することを計画し、交換において税法上の交換特例規定の適用を受けるためには、<1>譲渡資産及び取得資産は一年以上所有していること、<2>いずれも固定資産であること、<3>同種の資産であること、<4>相手方の資産が交換のために取得したものでないこと、<5>交換差金は高い方の土地の価格の二〇パーセントを超えないこと、<6>交換の前後で同一の用途に供することなどの条件を満たすことが必要であることを認識した。

そこで、原告は、交換取引を行う旨の稟議書を作成し、これをフジタに提出するとともに(<証拠略>)、水野及び渡邊との間で交換取引を行う方向で折衝を進めた。

(二) 折衝の結果、渡邊は、交換取引を行うことを承諾したため、原告は、渡邊及びその長男である渡邊文雄(以下「渡邊ら」という。)との間で、昭和六三年一一月二五日、昭和六五年一〇月末日を目途として、要旨以下の内容の契約を締結することを合意した旨の覚書(以下「本件覚書」という。)を締結した(<証拠略>)。

(1) 渡邊らは、乙取得土地を原告に譲渡し、これと交換に原告は乙譲渡土地及び丙譲渡土地を渡邊らに譲渡すること。ただし、右交換は税法上の交換の要件を満たすことを条件とすること。

(2) 渡邊らは、乙取得土地上に所有する建物を原告に売り渡し、これと同時に原告は丙譲渡土地上に建物を建築し、これを右建物の売買代金相当額(予定建築価格金一億五〇〇〇万円)で渡邊らに売り渡すこと。

(3) 右(1)、(2)の交換により、税金その他予定外の損害が渡邊らに発生した場合は、原告がすべて補償すること。原告が丙譲渡土地を完全に取得し、渡邊らにこれを完全に引渡すことを条件とし、丙譲渡土地を原告が取得できない場合は、覚書は失効すること。

(三) また、水野も交換取引を行うことを承諾したため、原告は、水野との間で、昭和六三年一一月二五日ころ、右(二)の渡邊らとの間の本件覚書とほぼ同様の内容で、甲譲渡土地と甲取得土地とを交換する旨の覚書を締結した。ただし、原告と水野との間の覚書においては、右(二)(3)の条項は存在しなかった。

(四) 原告の担当者である細井は、交換特例の適用を受けるためには固定資産でなければならないことから、関係書類上、本件譲渡土地に係る会計処理を固定資産勘定へ振り替えることとした。

そこで、細井は、まず、昭和六三年一〇月下旬ころ、前記2(三)の甲譲渡土地に係る支払票の会計処理について、不動産事業支出金勘定から土地勘定に振り替える旨の振替票を作成し、同年一一月一日付けの経理処理によって、棚卸資産勘定である不動産事業支出金勘定から固定資産勘定である土地勘定へと振り替えた(<証拠略>)。また、前記3の乙譲渡土地に係る支払票の会計処理についても同様の振替票を作成し、棚卸資産勘定から固定資産勘定へ振り替えた(<証拠略>)。

次に、細井は、右と同じ昭和六三年一〇月ころ、取締役会議事録上も本件譲渡土地が固定資産であるとするために、「議案・自社ビル用地購入の件」とする取締役会議事録の草案を甲譲渡土地及び乙譲渡土地についてそれぞれ作成し、最終的に、甲譲渡土地については昭和六一年七月二一日付けの、乙譲渡土地については昭和六二年九月七日付けの「議案・自社ビル用地購入の件」とする取締役会議事録(以下、甲譲渡土地に係るものを「甲議事録」、乙譲渡土地に係るものを「乙議事録」という。)が作成された(<証拠略>)。なお、甲議事録及び乙議事録にはいずれも原告の代表者印が押印されているが、原告の代表社印の捺印簿には、甲議事録及び乙議事録の作成日以後に、甲議事録及び乙議事録に代表者印を押印したことの記録がない(<証拠略>)。

右のとおり取締役会議事録上は本件譲渡土地は自社ビル用地の購入であるかのような体裁が整えられたが、実際には、自社ビルを建てるような計画はなく、本件譲渡土地の使用目的は以前と何ら変わりがなく、実質的に固定資産に振り替えられたわけではない。右の振替票、取締役会議事録の作成は、交換特例の適用を受けるために行われたものである。また、本件譲渡土地が実際に原告の固定資産として使用されたこともなかったし、これらとの交換によって取得する甲取得土地及び乙取得土地を固定資産として利用する計画はなく、右両土地は当初の計画どおり両取得土地及び丁取得土地と一体のものとして転売することに変わりはなかった。

右の固定資産への振替の処理については、原告の担当者であった細井がこれを行ったが、細井は、本件譲渡土地の使用目的に変更がなく、交換特例の規定の適用を受けるためのものであることを認識していた。

5  丙譲渡土地の取得について

原告は、本件覚書で渡邊らとの交換に供することとされていた丙譲渡土地について、昭和六三年一二月九日、有限会社志摩との間で、丙譲渡土地を九億七一六二万円で買い受ける旨の売買契約を締結した。そして、同日付けの支払票によって、右支払金を会計処理しているが、右支払票において、丙譲渡土地に係る売買代金の勘定科目は当初棚卸資産勘定である不動産事業支出金勘定である旨記載されたが、これを二重線で抹消の上、固定資産勘定である土地勘定と記載されている(<証拠略>)。

6  本件交換取引の締結について

(一) 原告と水野は、平成三年一月一八日付けで、甲譲渡土地と甲取得土地とを交換し、原告は水野に対し、取得差額に対する補足金(交換差金)二億八一六五万円を支払う旨を定めた土地交換契約(甲交換取引)及び原告が水野に対し、甲譲渡土地上に建築した建物を二億九〇九九万〇五〇〇円で売買する旨を定めた建物売買契約をそれぞれ締結した。

(二) 原告と渡邊は、平成三年一月一八日付けで、乙譲渡土地及び丙譲渡土地と乙取得土地とを交換し、原告は、渡邊に対し、取得差額に対する補足金(交換差金)二億二九五〇万円を支払う旨を定めた土地交換契約(乙交換取引)及び原告が渡邊に乙譲渡土地上に建築した建物を二億〇四四五万五〇〇〇円で、丙譲渡土地上に建築した建物を二億六六〇四万九〇〇〇円でそれぞれ売買する旨を定めた建物売買契約をそれぞれ締結した。

二  本件交換取引における原告の錯誤の有無

右認定のとおり、甲譲渡土地は水野の仮店舗として利用することもできるし単独で売却しても採算をとることができることからこれを取得しているものであり、乙譲渡土地は渡邊から乙取得土地を取得するについての承諾が得られた場合の代替地とするか又は単独で処分することにより利益を上げることができることからこれを取得しているものであるから、いずれも固定資産として取得されているものとはいえない。このことは、甲譲渡土地及び乙譲渡土地に係る会計処理が棚卸資産勘定で行われていることからも明らかである。また、丙譲渡土地は、本件覚書に従って乙交換取引に供するために取得されたものであって、固定資産として取得されているものとはいえない。そして、本件譲渡土地について、原告が取得してから本件交換取引に供されるまでの間にその使用目的等が変更になったなど実質的に固定資産に変更になったとの事情は見当たらず、本件譲渡土地が固定資産に変更になったということはできない。この点について、証人細井茂は甲譲渡土地について、従前から存在していた建物を一年程度賃貸してから立ち退かせたとの証言をし、これによって甲譲渡土地を固定資産として利用していたかのようにいうが、これは、甲譲渡土地を取得する前からの借家人を立ち退かせるための猶予期間中のことにすぎず、借家人を立ち退かせて甲譲渡土地を転売ないし交換に供する前提として、一定の期間その立退を猶予しているにすぎないのであるから、右のような事情をもって甲譲渡土地を固定資産として利用していたということはできない。

このように、本件譲渡土地はいずれも棚卸資産として取得し、その性質に変化はなかったにもかかわらず、原告は、甲譲渡土地及び乙譲渡土地を取得してから一年以上たった昭和六三年一〇月ころに至って、甲譲渡土地及び乙譲渡土地は自社ビル用地として取得したものである旨の甲議事録及び乙議事録を作成し、帳簿上、本件譲渡土地をいずれも固定資産に振り替えた。このことは、自ら棚卸資産として取得し保有している資産につき、そのことを認識しながら、帳簿上でのみ固定資産として取扱うという虚偽の帳簿操作を行ったものというほかない。

原告は、本件交換取引に当たって税法上の特例が受けられるものと信じていたと主張しているが、前記認定によると、その要件の一つとして交換に供する資産が固定資産であることを要することは十分に認識していたのであり、本件譲渡土地が右のとおり終始一貫棚卸資産であって固定資産でなかったことも、それらが自己の資産である以上、当然に認識していたというべきであるから、本件交換取引が税法上の特例を受けるための要件に該当しないことを基礎付ける客観的事実関係については十分に認識していたこととなる。そうすると、原告の右主張は、特例を受けるための要件を誤解し、真実は棚卸資産であるものを帳簿上でのみ固定資産として取扱えば足りると認識していたというに等しいが、原告の業種に照らせばもとよりのこと、一般通常人でさえも、そのような誤解に陥るとは到底考えられず、客観的な事実関係からすると課税を免れないことを認識しながら、課税庁の目を逃れるために虚偽の帳簿操作を行ったが、課税庁が正しい事実認定の下に更正処分をしたために、その目論見がはずれたにすぎないとみるべきであって、右主張は取るに足りない弁解というほかなく、原告の事実認識と生じた結果の間に齟齬は認められず、錯誤の成立する余地はないというべきである。

なお、<証拠略>によれば、原告は、まず乙交換取引が錯誤によって無効であると主張して訴えを提起し(当庁平成六年(ワ)第三四一五号事件)、渡邊がこれを争ったこと、その後、水野からその錯誤を理由に甲交換取引の無効を主張する訴えを提起されると(当庁平成七年(ワ)第八三五九号事件)、原告が自己の錯誤を主張する反訴を提起したこと(当庁平成八年(ワ)二五二三号事件)、原告と水野との間の甲交換取引については平成八年二月二九日に当事者双方に錯誤があったとの理由により、原告と渡邊との間の乙交換取引については平成七年一二月二六日に原告に錯誤があったとの理由により、甲譲渡土地、乙譲渡土地及び丙譲渡土地の所有権移転登記を抹消することを求めた原告の請求が認容される判決が言い渡され、その判断が確定したこと、及び渡邊との訴訟においては原告が国に対して訴訟告知をしていたことが認められる。しかし、右各判決理由中の原告に錯誤があったとの判断については、右各判決の既判力が及ぶものではないし、訴訟告知によるいわゆる参加的効力も、告知人である原告によって不利益な判断、すなわち、自己の主張が認められなかった部分や相手方の主張が認められた部分についてのみ発生するものであって、原告に錯誤があったとの点は、原告が自らの請求を基礎付けるために主張したものであるから、これを認める判断は原告に不利益なものとはいえず、いわゆる参加的効力が生ずる余地はない。したがって、当裁判所は、右各判決理由中の原告に錯誤があったとの判断に拘束されるものではない。

三  争点1(法人税の計算の基礎となっていた契約が錯誤によって無効な場合に、当該契約からは所得は発生しなかったものとすべきか、それともいったん所得が発生し錯誤無効が確定した事業年度において損金処理をすべきか。)について

1  本件交換取引が原告と水野及び渡邊との間でそれぞれ成立し、本件交換取引に基づいて本件譲渡土地等の引渡し及び所有権移転登記手続が行われたこと、本件交換取引は水野及び渡邊に錯誤があったため無効であることについては、当事者間には争いはない。

しかし、原告には本件交換取引において錯誤がなかったことは、前記二で認定説示したとおりである。このような場合、渡邊又は水野において錯誤無効を主張しない限り、原告はもとより第三者も錯誤に基づく意思表示の無効を主張することは原則として許されない(最高裁第二小法廷昭和四〇年九月一〇日判決民集一九巻六号一五一二頁参照)こととされているのであるから、本件交換取引は、絶対的に無効なものではなく、水野及び渡邊においてその無効を主張してはじめて無効となるのであり、その実質においては水野及び渡邊が取消権を有するのと異なるものではないのであって、原告はもちろん第三者である課税庁もまた、水野又は渡邊が取引の無効を主張するまでは、これを有効として取り扱うほかなく、本件更正処分前にそのような主張がされた形跡はないから、これを有効なものとしてされた本件更正処分に誤りはない。

2  原告は、この点につき、本件交換取引が絶対的に無効であることを前提としてるる主張するが、右のとおり、本件交換取引は絶対的に無効なものではないのであるから、右主張はいずれも前提を欠き採用できない。

また、原告は、国税通則法二三条一項三号、同法施行令六条一項二号において、錯誤無効が挙げられていないこと、国税通則法七一条二号において原因行為の無効に基づいて三年間は職権で更正ができるとされていることからすると、錯誤により契約が無効であった場合には、当該契約をした事業年度において所得が発生しなかったものとすることを法も予定しているものというべきであると主張する。

確かに国税通則法施行令六条一項二号において、国税通則法二三条二項三号のやむを得ない理由について、錯誤無効の場合が挙げられていないが、前記のとおり、錯誤無効は取消しの場合に準ずるものと解されるから、錯誤無効が国税通則法施行令六条一項二号に明示的に記載されていなくても、前記の結論をくつがえすものではない。

そして、国税通則法七一条二号において原因行為の無効に基づいて三年間は職権で更正ができるとされているが、これは、課税庁における職権更正の期間制限の特例を定めたものであり、更正の請求の特例適用の対象となる事実が発生したにもかかわらず、やむを得ない事由により納税者が更正の請求をしなかったような場合においても、課税庁において職権により更正することを可能とする趣旨の規定であるから、同号が錯誤無効の場合に当初から所得が発生しなかったものとすることを予定しているとはいい難い。

さらに、原告は、無効であることが確定した事業年度において損金に算入することとするならば、当該事業年度において企業収益がマイナスである場合には、損金処理をしても意味がないから、実質的には所得のないところに課税をされたこととなり、租税法律主義に反する旨主張する。

しかし、右のような事態はたまたま当該事業年度において企業収益がマイナスになったことに起因するものであって、原告が主張するのとは逆に、錯誤によって無効である契約をした事業年度においては企業収益がマイナスであり、無効であることが確定した事業年度においては企業収益が存在し、結果として損金処理が実効性を有することもあり得るのであって、たまたま原告の主張するような事態が生じたからといって、右の理が不合理であるということはできない。

3  以上によると、一般に法人税の計算の基礎とされた契約が無効である場合にどのような取扱いが正当かはともかくとして、少なくとも本件交換取引については、その取引時に原告に所得が発生したものとして取り扱うべきであり、このことを前提とした本件更正処分に誤りはないというべきである。

四  争点2(重加算税賦課の要件としての仮装、隠蔽の事実の有無)について

1  前記一及び二で認定説示したとおり、甲譲渡土地及び乙譲渡土地はいずれも棚卸資産であるにもかかわらず、原告は、これをあたかも当初から固定資産として取得したかのような議事録を作成したこと、右両土地が固定資産に変更されたとの事実がないにもかかわらず、一度棚卸資産勘定で会計処理したものを固定資産勘定に振り替えたこと、丙譲渡土地は本件交換取引に供するために取得したものであって、固定資産を取得したものではないにもかかわらず、経理処理上は固定資産勘定でこれを処理するなどしたことは、原告が法人税の税額等の計算の基礎となるべき事実である本件譲渡土地が棚卸資産であるとの事実を隠蔽し、本件譲渡土地が固定資産であるとの仮装をし、かかる仮装、隠蔽に基づいて法人税の申告をしたものとして、国税通則法六八条一項の重加算税賦課の要件としての仮装、隠蔽をしたものというべきである。

2  この点につき原告は、重加算税を課すためには、納税者が故意に課税標準等又は税額等の計算の基礎となる事実の全部又は一部を隠蔽し、又は仮装したという事実が必要であるところ、原告には本件交換取引に交換特例の規定の適用がないとの認識は全くなかったから、事実の全部又は一部を隠蔽し、又は仮装したことに故意がない旨主張する。

しかし、本件交換取引に交換特例の規定の適用がないとの認識が全くなかったとの弁解が取るに足らないものであることは、前記二のとおりである。また、原告の担当者である細井は交換特例の規定の適用を受けるためには交換に供する土地が固定資産でなければならないこと、甲譲渡土地及び乙譲渡土地が終始一貫して棚卸資産であることを認識していたが、当初より甲譲渡土地及び乙譲渡土地が自社ビル用地すなわち固定資産として取得されたかのような甲議事録及び乙議事録の草案を作成し、原告において日付を遡らせた右議事録を作成した上、昭和六三年一一月一日付けの振替票によって、甲譲渡土地及び乙譲渡土地の購入代金に係る会計処理を棚卸資産勘定から固定資産勘定に振り替えており、さらに、丙譲渡土地については、前記認定の事実関係に照らすと、丙譲渡土地に係る支払票の勘定科目の記載が経理扱日の昭和六三年一二月九日以降において丙譲渡土地が固定資産であるとの外観を作出するために、原告の担当者によって行われたものとうかがえないでもないし、仮にそうでなくても、丙譲渡土地は本件覚書に基づいて乙交換取引に供するために取得されたものであり、固定資産ではないことは明らかであるのに、固定資産勘定で会計処理がされているのであるから、以上の一連の行為は虚偽の帳簿操作というほかなく、原告はこれについて故意が認められるというべきである。

五  争点3(譲渡所得の金額)について

1  法人税に係る所得の金額の計算上、益金の額に算入すべき金額は、資産の販売、有償又は無償による資産の譲渡又は役務の提供、無償による資産の譲受けその他の取引で資本等取引以外のものに係る収益の額とされている(法人税法二二条二項)ところ、本件においては土地の交換がされているので、本件交換取引に係る譲渡益を所得として課税がされる。

そして、譲渡所得の金額は、取得資産の時価から譲渡資産の帳簿価額及び交換差金の額を控除した額となるところ、本件においては、譲渡資産の帳簿価額が甲交換取引について一三億五七九六万八七五三円、乙交換取引について一八億〇五五九万五〇二〇円であること、交換差金の額が甲交換取引について二億八一六五万円、乙交換取引について二億二九五〇万円であることは当事者間に争いがない。

そこで、以下、原告が取得した甲取得土地及び乙取得土地の時価がいくらであるかについて検討する。

2  時価とは、客観的な交換価値のことであり、不特定多数の独立当事者間の自由な取引において通常成立すると認められる価額を意味する。

そして、証拠(<略>)によれば、原告は水野に対し譲渡所得計算付属資料と題する書面を交付したこと、右書面には、甲取得土地の価額が一八億七八二五万八〇〇〇円である旨の記載があること、原告は渡邊に対し譲渡所得計算付属資料と題する書面を交付し、右書面には、乙取得土地の価額が二三億一九七三万六〇〇〇円である旨の記載があることが認められる。右金額は、建設請負やマンションの分譲を業としていて(<証拠略>)ある程度不動産の時価の動向について通じている原告において算定された金額であり、かつ、契約の相手方である水野及び渡邊がこれに同意している金額であることからすると、右の金額は、自由な取引によって成立したものであり、客観的な交換価値を反映しているということができる。

また、(<証拠略>)によれば、原告が乙取得土地を交換によって取得するためにフジタに対して昭和六二年九月一〇日に提出した稟議書には、乙取得土地の評価に関し、新宿通りに面し、周辺には全く売物件がなく、東京都地価図時価評価では新宿二丁目で一坪当たり八〇〇〇万円から一億円である旨の記載、及び原告の調査では、乙取得土地周辺で一坪当たり七〇〇〇万円前後である旨の記載があること、甲取得土地及び乙取得土地の路線価は昭和六二年から平成三年にかけて上昇していることが認められる。原告が水野及び渡邊に対して交付した譲渡所得計算付属資料に記載されている金額を一坪当たりの金額に計算すると甲取得土地について約八四九七万円、乙取得土地について約七六八八万円であるから、原告において昭和六二年当時に評価した乙取得土地の評価、その後の地価の動向に照らしても、譲渡所得計算付属資料に記載されている金額が、時価の範囲を逸脱する不当なものであるということもできない。

したがって、本件交換取引が行われた当時の甲取得土地の時価は一八億七八二五万八〇〇〇円、乙取得土地の時価は二三億一九七三万六〇〇〇円であり、本件交換取引に係る譲渡所得は、別紙四<略>記載のとおり、甲交換取引について二億三八六三万九二四七円、乙交換取引について二億八四六四万〇九八〇円、合計で五億二三二八万〇二二七円であるというべきである。

3  この点について、原告は、甲取得土地及び乙取得土地の時価を平成三年の相続税路線価によって算出すべきである旨主張するが、平成三年当時の相続税路線価は時価を大幅に下回っていたことは公知の事実であって、相続税路線価によって甲取得土地及び乙取得土地の時価を算出するのは不合理である。また、原告は、甲取得土地及び乙取得土地の時価を相続税路線価によって算出すると主張する一方で、取得費については、譲渡資産の帳簿価額相当額を控除しているが、右のとおり、相続税路線価が時価を大幅に下回っていることからして、このように価格の統一性のない算定方式をとることは、非常に不合理であるといわざるを得ない。

したがって、原告の右主張は採用することができない。

第四結論

よって、原告の本訴請求は理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担について、行政事件訴訟法七条、民事訴訟法六一条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 藤山雅行 谷口豊 加藤聡)

別紙一~五<略>

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